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ヒロトーーク182話

2019.05.13
大久保 寛人


2012年夏

俺はインテックス大阪に居た。
今日はSKE48の握手会。

ずっと大好きだったメンバーの最後の握手会の日だ。急だった卒業発表。

発表された時は不思議と驚きや悲しさを感じなかった。今までライブや握手会で毎月会いに行く。それが当たり前の事だったので今後、卒業して会えなくなるなんて実感もなかった。

最後まで全力で応援しよう!!
そんな気持ちで俺は会場に足を運んだ。大量に購入した握手券。

1枚、また1枚と減っていく握手券。
握手券が減る度に次第に『卒業』と言う実感が沸いてきた。

もうすぐお別れの時が来る…


そしてその時はやってきた。
最後の1枚だ…与えられた時間は約10秒。俺は何を伝えるべきなのか迷った。

いや、今思えば『好き』と言う言葉を伝える事しか考えていなかったはずだ。

しかし、俺の口から発せられた言葉は『ありがとう!これからも応援してるよ!』


何を言ってるんだ俺は…
本当に言いたかった事はそんな事じゃない。

俺はとてつもなく後悔した…
もう2度と会えなくなると言う現実だけが俺の胸を締め付けた。


そんな優しい言葉なんて
今の俺にかけないでくれ。。

もっと冷たくサヨナラと言われたら
俺は帰る道さえ一人になれた。

優しくされた分だけ
この気持ちは割りきれない。

このまま時間が止まって
永遠まで夢を見ていたい。


あの時、なぜ気持ちを伝えなかったのか…後悔だけが残り俺はインテックス大阪を出た路上で腕に付けていたその子のグッズであるリストバンドを投げ捨ててしまった。

これで完全にお別れだ。


そして10年後…
時は2022年の秋。
俺は気がつけば30歳だ。

なぜだろうか…
俺は無意識のままインテックス大阪付近にある公園に来ていた。

なんとも懐かしい感覚だ。
10年前、俺はよく握手会の空き時間、この公園に来ていた。

この公園のベンチでかまどやの弁当を食べ、午後の握手会に備えてたなぁ

なんて忘れていた懐かしい
あの日々を思い出していた。

公園の真ん中には土管のトンネルがある。生きる事に疲れた俺は土管のトンネルを潜ってみた。

土管を潜り出てみると…

こんな事誰かに話しても信じてもらえねえだろうなぁ。手首には10年前に捨てたはずのリストバンドが付いていた。

まさかな。
そんなバカな話があるかと
後ろを振り向くと、そこには当時一緒に握手会に行っていた友人の姿が。


『早く会場戻るぞ!』

…会場!?


『おい!何がどうなってるんだ』


……!?
焦り叫ぶ俺の右手の拳には
握手券が1枚。


何がどうなってるんだ。
俺は10年前のあの日の夏に戻ったなんて言うのか。


自分でも信じられないが
あの日、あの時伝える事のできなかったあの言葉を伝えよう。

もう後悔したくない。

俺は一目散に人を掻き分け
インテックス大阪に駆け込んだ。


『好き』って伝えるんだ

”好きならば好きだと言おう”


そういや、10年程前に流行った
アイドルグループの代表的な歌にこんな歌詞があったなぁ。

なんて意外と冷静だったのかもしれなかい。しかし、握手会と言う特別な会場では『好き』と言う言葉に重みを感じることはできない。

『好き』と言う言葉以上に
愛を伝える言葉がこの世にはない。


俺は握手会のレーンに入らず
会場のど真ん中で叫んだ。
声が枯れるまで。俺は叫んだ。

セキュリティーに捕まり
どこかへ行かれそうになるも
俺はその場から離れなかった。


あの時、しっかりと言葉を伝える事ができたのか。どんな返事を貰ったのか。今ではなんにも覚えていない。


そもそもこれは現実なのか!?
タイムスリップなんて馬鹿げてやがる。とんだ現実逃避だよな。


さすがに
夢にしては出来すぎだよな…

 

そして時は2022年の夏に戻る…


?)『あなたー!早く起きないと会社に遅れるわよ!』

俺)『ん?やっぱり夢だったのか…』

息子)『パパー早く起きろー!!』


そう言い飛び乗る息子。
相変わらず元気な息子だな。

そのまま走り回る息子が寝ていた俺の隣にある押し入れの扉にぶつかる…

その勢いでふすまが外れ、押し入れからは10年ほど前の埃の被った大量の写真やリストバンド等のアイドルグッズが雪崩落ちる。

息子)『えー!なにこれ?』


……フッ

聞いて驚くなよ!?


ママの若い頃の写真さ。

 

~完~

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