漫画家残酷物語の巻

 好きな植田はまさし。上田馬之骨でございます。さて、とうとうこの時がやって来てしまいました。始まりがあれば終わりもある。日本漫画界に燦然と輝く四コマ漫画の大作、「かりあげクン」「おとぼけ課長(部長代理)」「フリテンくん」が一挙完結と相成った。これは大事件である。なんせ最終回なんてあってないような作品だからだ。永遠に続けようと思えばいくらでも続けられそうだが、もう限界なんだろう。なんせ、どれも日常ネタだからな。しかし、ネタも被りそうなのに、よくもまあ同時に並行連載していたものだ。フリテンくんこそ今では主人公不在なネタも多いが、かりあげクンは若い独身サラリーマンで、おとぼけは中間管理職で家庭持ち。しかもそこに、コボちゃんまで加わるとなると、植田先生の仕事の幅の大きさには驚かされる。

 私はプロレスは四コマ漫画であるべきだと思っている。今でこそ、プロレスが進化し続けた結果、壮大なストーリー漫画になりがちだが、漫画が漫画たるものになったのは四コマ漫画こそが最初だと思っている。太古の昔から鳥獣戯画に始まり、風刺画などいわば一コマ漫画のような原型はあったが、それにコマ割りを加え、ストーリー性を強めたものが四コマ漫画だ。いわゆる起承転結の型である。たしかにプロレスは進化し続けた結果、壮大な大河ドラマになってしまったが、それは見せる客層が変わったからだ。

 元々のプロレスは見世物だった。サーカスなどの余興として始まったのだ。つまり、最初にプロレスを見た人は、プロレスを見に来たわけではないということだ。サーカス見に行ったらたまたまやっていただけなのだ。しかし、それを重ねるとプロレスが目当てで来る客も増えるわけだ。その結果、プロレスだけで興行が成立し、いちジャンルとして独立できたのだ。そしてプロレス目当ての客がさらに増えて、一大産業となったわけだ。しかし、日本国内においては、一旦衰退することとなる。そして客離れが起こった結果、残ったのはマニアだけになったのだ。となると、そのマニアを満足させる試合をやらなければならなくなる。その結果、ストーリー性が強くなったり、技の攻防が激しくなったりしていったのだ。

 私はテレビでも言及したが、特定の客を満足させることではなく、不特定のプロレスに興味のない人に関心を持ってもらうことが重要だと考えている。だからこそ、紫焔の無料興行が大事なのだ。有料興行と無料興行の一番大きな違いは、プロレスに興味がない人が見に来るかどうかだ。有料はチケットを買うという振るいがあるから、全く興味が無い人は来ない。しかし、無料興行にはそういう人が来る。そしてその人たちの足を止めるのが、我々レスラーの使命といっていいだろう。そして初めて見る人が分かりやすいプロレス。それこそが四コマ漫画である。たしかにリングにはドラマがあるが、初めて見る人には知ったこっちゃない。だが、知らなくても面白いものは面白い。それが四コマ漫画プロレスなのである。どうして、タッグベルト挑戦が上本町なのか。それは、初めて見る人から見ても、タイトルマッチだということが伝わるからだ。私はその試合ひとつの中で、起承転結を構成し、ベルトを奪取してわかりやすいハッピーエンドを迎えることが、知らない人に対して紫焔を知ってもらい、興味を持つことに繋がると信じている。

つづく

【次回予告】
もぐら番長、カラスに襲われる!
次回「神の耳・エシュロン 」にご期待ください。

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